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天下一カウボーイ大会、そろそろ定員に達しそうです。


200人定員でしたが、現在関係者含めて180人くらいなので、もう定員に達する寸前です。




他の技術系企業からのスポンサーも続々決まりそう・・・。

あまりにも多かったら会場変えないといけないので、今週中の申し込みでとりあえず一端〆切らせていただきます。




お申し込みはお早めにどうぞ


組織というもの


イのベーティブな会社や組織のつくりかたということについて、最近よく講演を頼まれるようになりました。

経営について社長が語るとその会社は落ちぶれると言ったのはヤマト運輸の創業者だったかなあ。

うちの会社が本当にイノベーティブなのかどうかはともかく、ね。




そんなことに関してとりあえずメモ。あとで読んでプレゼンの参考にします。




まず、会社とはなにか?

会社とは法律論で言えば会社法の定める定義の上に成立する営利組織で、法人格を持つ者。架空の人格が実効力を持つ者と言えます。




しかし会社という日本語が使われ始めたのは明治時代。

それ以前に今日の意味で言う会社という概念(この言葉自体も明治ごろに作られた)はおそらく存在せず、さまざまな形式の組織が無数に存在していたのだと思います。




では組織とはなにか?

文字通り、組んで織りなすもの。

一人では組織と言えず、したがって一人で会社を作って一人で社長になってもそれは組織とは言われないのです。




つまり組織とはなにか、というと、個々人の個性や能力が集約され、最終的にはひとつの巨大な人格を形成する物だ、ということを会社を作ってしばらくしてから気づきました。そうか。だから「法人」と呼ぶのか、と。




組織の意思というのはある程度統一されていなければなりません。

それぞれがバラバラの方向をバラバラに模索していたら、それは組織として機能しません。




組織の重要な方向性を決定するのは実は社長でも株主でもなく、組織の構成員そのものです。




社長や株主がどんなに「泥棒してでもいいから利益をあげろ」と叫んでも、社員は泥棒なんかしません。「そんなことを言う会社なら辞めます」と言ってプライドの高く優秀な社員はどんどんやめていき、組織が崩壊します。




逆に、「泥棒でもなんでもやります」という人ばかり集めると、それは犯罪組織を形成します。

しかし泥棒ばかりの組織のトップが、「おれたちも悪いことはやめて、明日から地道に働こう」などと言い出したら、やっぱりみんな辞めてしまいます。




つまり組織の意思決定を最終的に行っているのは実は組織の構成員そのものであり、その意味では組織の意思決定とは集合知的に行われるとも言えます。




ただし、世の中には特に主張もなく考えも無く命令に従っているだけの人というのも大勢居ます。そういう人たちは自分たちが全く意識していないときに犯罪の片棒を担いだりしてしまうことがあります。もしくは薄々「これは犯罪なのではないか」と考えながらもその通りにやってしまったりします。もっと気の毒な場合は「これしか仕事がないから」と思いながらも命令に従うしかない場合もあります。




それが要するに雪印問題や赤福問題やミートホープ問題を生む訳です。




しかしそれを決定しているのは単にトップではなく組織全体です。

「生きるためには誰かが食中毒になろうが構わない」という意識がどこかにあるのです。もしくは、そういう不安をなるべく意識せず忘れようと日々努力しているのです。




リクルート事件やライブドア事件のように、トップだけに問題があると判断されれば、トップが切られて組織は残ります。




トップだけが問題なのであれば、それらの会社はつぶす必要はなかったわけです。

会社ぐるみで古い牛乳の再利用などをやっているということは、会社全体が病んでいるということだから組織全体を潰すしかなくなったわけです。




本来、組織のトップがやることは、組織の構成員たちの能力や才能を見抜き、彼らのWill(意志)を探り、彼らがチームとして最大限の効果を発揮できる戦場を探し、戦略を立てることです。




かといって難しいのは、犯罪的行為を行った組織の全構成員が確信犯的にそれをやっていたかと言うと、実質不透明な部分もあります。本人達には全く無自覚なまま犯罪的行為をさせることも十分可能だからです。しかし社長一人がいくら頑張ってもそこまでさせることは困難で、幹部以上の構成員は全て確信犯的に関わっていないと犯罪的行為というのは大規模には成立しません。






組織にとって重要なのは、会社をつくるにあたって仲間にする人たちです。

トップにとって最も重要な仕事はこれだけです。




幹部達がどのように会社を持っていきたいか、という思いが、会社全体の思いとなり、トップはその思いを実現するための具体的政策を決定するのです。




こう書くととても消極的に聞こえますが、そのためにトップは人事・採用にはかなりのエネルギーを集中する必要があります。しかし一度組織が動き始めてしまえば、結局のところ実際に手を動かすのは現場です。トップはその動きを見守りつつも僅かな軌道修正をすることができるだけです。




会社においてトップが強権を発動できる機会というのは人事くらいなものです。もちろん人事は構成員の生殺与奪を握っているとも言えるので、きわめて強力な権利でもありますが、そこですら筋の通らないことをすれば構成員の心は離れていき、組織は内部崩壊します。




そうやって構成員の思いを集積したものが組織である限り、その組織がイノベーティブであるかどうかは構成員全体のうち何割がイノベーションというものに対して前向きか、ということに過ぎないのかもしれません。




僕は会社をつくるにあたって、初期の社員には全員、「ビジョナリー・カンパニー」を読んでもらいました。僕がつくりたいのはこんな組織なんだ、と理解してもらうためにです。




「この本を読んでくれ」というのは組織の意思統一にとってしばしば有効に作用します。

会社では常に「この本は面白かったから、君が読むといい」といろんな本を貸しています。本棚で読んでもらうのを待つのではなく、積極的に渡しにいくとたいていは読んでくれます。




逆にとつぜん




 「この本が面白かったから社長も読むといい」




と言って本をプレゼントされることもあります。

するとたいてい本当に面白いのです。それはマンガの場合もあれば、活字の場合もあります。




同じ本を読んでいると、言葉が通じやすくなり、思いが共鳴します。

組織の思いを統一し、強化する原動力は、案外、こんなところにあるのかもしれません。


Android補足


CNetの記事についていたコメントに「Symbian なら、RunL() とかでバックグランドできますけど。ユーザレベルで。」とありました。そうだったのか!




こんなサンプルまであるらしい。




面白い。




単に僕がSymbianでプログラミングしたことないから知らなかっただけなのね。恥ずかしい。




ということで補足でした。

コメントを下さった方、ありがとうございます。




もうひとつ補足すると、WindowsMobileもバックグラウンド実行はできます(AgileMessengerとかその典型)。ただ、WMのバックグラウンド実行はメールほど活用されている感じがしないんですよね。たぶんダイアルアップする前提だからだと思いますが。そのあたりがWindowsMobileのいけてないところです。




Symbianもネット接続するにはダイアルアップ的な手続きを経る必要があった気がするので(E61とPSIONしか使ってないからうろおぼえですが)、いわゆる携帯メールのようにサービスの側からユーザに働きかけるような使い方はまだできないと思います。単にバックグラウンドプロセスという言葉を取り出したのはまずかったな。


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